ロッテ選手名鑑内野手編

2008年2月23日 (土)

西岡 剛・・・打撃

  センスというものは大きい・・・

   

006 007_2  2003年、少しだけ1軍出場。

2004年、怖いもの知らずそのもので突き進んだ彼。

その後、彼はスイッチヒッターになると、めきめき頭角をあらわし、2007年には五輪に出場。

     = 打撃のセンス =

守備では断然小坂だったが、やはり才能とは凄いもので、1軍に定着するとすぐ小技から長打まで魅力的な打撃を披露してくれた。

体は華奢だが、さすが大阪桐蔭のキャプテンをしただけある。腰の回転でホームランも打ててしまう技術もあれば、2005年の阪神戦でみせたプッシュバントもいい。

あえて言うなら、きっちり送る“送りバント”(自分を殺してのバント)はちょっと苦手っぽい・・・

素人の私から言わせれば、セフティバントより送りバントの方が楽に思うが、彼は違うらしい。

記憶に新しい2007年10月3日、成瀬投手の不調もあり4対5で迎えた8回裏、ソフバは水田投手。幸運にも途中出場で9番にいた福浦選手が内野安打で塁に出た。

この日3打数2安打で振る気満々のはずの彼が打席につく。ファーストはアダム選手のため、2塁の本多選手はかなり深く守らなければならない。もし、8回ではなく9回だったら、馬原投手が出てきただろうし、そうなると田上捕手もプッシュバントなんぞ警戒していたと思われる・・・が、この時回は8回なのだ!

    それも、何度も言うが

      “ファースト、アダム選手”だし~♪

さすが、“西岡剛”だった。好調のこの日、普通なら打っていくはずのところ、プッシュバントを成功させ、勝ちにつなげたのだ。

2007年10月10日、やはりソフバ戦。0対0で迎えた6回裏、相手投手は好投しているスタンドリッチ投手。

ただ、この日の捕手は田上捕手・・・盗塁しなくとも、ランナーを出しプレッシャーをかければ、肩に自信のない田上捕手はスタンドリッチ投手にモーションを小さくさせる。それにともない、球威は落ちコントロールが乱れてくる。ランナーさえ出せれば・・・・

    “西岡、出たー!”

この出塁が突破口となり、6回一気に4得点となった。

この時つくづく、彼に私は多くのことを教えられた。

   相手の技術&心理を見抜けば、

        そのとき何を行うのがベストなのかを。

 今シーズンもワクワクさせてほしいが、気になることが・・・正直、まだ若い!なのに、複数年契約やらロッテ以外のマネージメント?とやらをつけたり、ちょっと早いんでないかい?と思ってしまった。

複数年だから、今年は五輪に標準を合わせるなどという、姑息な選手になってほしくない・・・それが今の私の願いだ。    

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2008年2月22日 (金)

西岡 剛・・・守備

      その時、バックスクリーンに

 ベンチ内で立ち上がって小坂に拍手を送る

          彼の姿が映った・・・

     

      

01 その頃、ショートは小坂と彼が、相手投手によって代わりばんこ状態で守らされていた。

小坂ファンとしては、彼がセカンドで小坂がショートでいてほしいといつも思って観戦していた。

彼は小坂を最初どう思っていたのだろう?その頃、守りだけで人をひきつけるなんて彼は知らなかったと思う。

小坂がショートで彼がベンチの日、スクリーンにはふてた顔した彼が時々映る。打つ前から守備位置に動きがあり、捕球の際はどんな球でも両手が基本の小坂の守備は“俺にもできる!”と、怖いもの知らずだった彼に思わせていたと思う。

しかし、ある日球場のすべての人間が“抜けるー!”と思った打球を、小坂が捕球しアウトをとった。

歓声が上がる中、いつもど通りの小坂・・・その時、バックスクリーンに映った彼は1ファンとして喜びと感動に満ちた表情でイスから立ち上がり、小坂に拍手を送っていた。

それまでセカンドの守備についても、ショートの小坂に敬意などとは程遠い態度をしていた彼が、その日あたりから自分から小坂に意思表示をするようになり、連携プレーにも小坂に対しての気配りが感じられるようになった。

03 人間は鏡だというが本当にそう思わせてくれたことがあった。

それは、小坂もそんな彼の以前と違う態度を感じてか、彼のランナーの後ろでグラブを“パシパシ!”と叩く姿を、小坂自身も頻繁に行うようになり、息も合うようになってきていた。

だが、ボビーの構想の中には、無口で自分を出さない小坂は邪魔だったようで、小坂金銭トレード・・・

04 ショートは彼のポジションとなり、五輪の時しかあの肩を披露できるパワフルなセカンドは見られなくなった(彼がショートの時、セカンドはまだまだ頑張るベテラン堀選手)。

セカンドの送球が体に染み付いているため、いつもショートからの送球がそれてしまう。しかし、それでも彼はショートである。

2006年前半、ほとんどの投手が自分も守らなければならないことを知ったようだ。いつものように、センター方向に振り返るとそこにはショートではなく、センターの選手がいるのだから・・・

そして、サードが抜かれてもショートが追いつく、そんなシーンもなくなった。

そんな中、彼も普通のショートでは終わりたくなかっただろうし、小坂の守備を知っている人間は山ほどいる。彼なりに、小坂を抜きたかっただろう。

2006年後半あたりから、自分の売りである肩を生かしたショートのスタイルで守っていた。

あきらめ顔でセンター方向に振り返る投手の目に、彼が横切っていく姿が多くなった。打たせてとる、小野投手や俊介投手の時、このシーンがたびたび見られ、昨シーズン前半には、投手達も安心してセンター方向に打たせるようになっていた。

5月15日の西武戦では、ファンだけではなく、守る選手達をも感動させていた。試合の最後の締めくくりが、彼のゲッツーのファインプレー。

コバ雅投手が自分から手を挙げ彼を待つ・・・他の野手は、いつもは走りながら順番にタッチして下がるのだが、この日は違った。

彼のプレーの余韻を噛み締めながら、ゆっくりとマウンドへ集まっていった。その日のハイタッチは、今まで見た事のないスローモーションのような心に染み入るハイタッチだった。

この9回表のゲッツーを境に、私は彼のことを“ヤンキー”と呼ぶのはやめることにした。

ただ、後半時々怪我やなんやらあったのか、それとも守備は二の次か?動きが鈍い日が目に付き、ちょっと心配・・・

正直、まだ若い!ハチャメチャもあるだろうが、できれば

    『 名手 西岡剛 』

になってほしい。

02 今でも、できれば強肩をいかしたセカンドの守備をみたいと思っている・・・

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2008年2月21日 (木)

西岡 剛・・・走塁

002 決して数字的にはずば抜けた俊足ではない彼を、セ・パの盗塁王の2人(高橋コーチ&西村コーチ)の指導が、2005・2006と盗塁王に輝かせた。

    

001      = 走塁のセンス =

走塁に関しては、高橋コーチの指導だけでなく、練習の際よく小坂の後ろで研究か?と思わせるほど貪欲に学ぶ姿を見せてくれていた。

004_2 003 後ろについて、小坂を見つめる彼の目はいつも真剣。

正直、早坂選手と代田選手の方が、ずっと足は速い・・・盗塁王はいいが、失敗も多く見た。ただ、不思議なことに彼がランナーででると“ワクワク”させてくれるのだ。

2007年7月4日、ファーストランナーは彼。打者は、トレードで来て幸せを掴んだ早川選手。早川選手のおかげで、彼は惰性の野球をしなくなっていたように見える。

この日、5回・6回と2人でつなげ点に結び付けている。それもおおいに足を使って・・・

5回、1対3でランナーの彼は、必死に投手にプレッシャーをかける。そして、早川選手がショートゴロを打った・・・普通なら明らかにショートゴロだ。

しかし、この時の彼のスタートが、ショートの大引選手を惑わせ、大引選手は彼の速いスタートが目に入りセカンドに向かってしまった。大引選手のすぐ右を打球は抜けていった・・・

ほんのわずかなことだが、スタートのタイミングの素晴らしさが、ヒットを生み出した。

“足”とは、盗塁だけに限らないことを彼が見せてくれた。

個人的には、どうしても彼に盗塁王になってほしいと思っていない。盗塁王はおまけ位に考えてかまわないと思う(でも、とれたらうれしい)。

005 プレッシャーをかけるリード・単打コースが2塁打・単打でセカンドからホームイン・・・今シーズンも、3塁打の多い早川選手とドキドキさせてくれる彼で『足芸』を披露してくれるだろう。

   

お・ま・け

細谷くん、日経新聞にも載りましたぁ~♪

西岡選手を抜いちゃえー!

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2008年2月20日 (水)

西岡 剛・・・『にしおか~♪』

昨シーズン、9月の大阪遠征後。

朝起きると、主人から西岡選手の素敵なコメントを見せられた。

『・・・ファンの声が届きました。気合と執念で打ちました。・・・僕ら選手はファンと一緒。ファンが声をからして応援してくれるなら、オレたちは命がけでそれに応えるのみ。魂を燃やして、ボールを打って、ボールに食らいつくのみです。』

大阪遠征で声をつぶし、次の日のマリンスタジアムでの“ガラガラ声”での応援・・・声が聞こえているかはさだかではないが、こんなコメントをみたら応援してよかったと思わせてくれる。周りからはちょうど『あんなガラガラ声で応援してるよ』と笑われた時だった。

粘ってカットして、なんとか打たせたいという思いから、つぶれた声を振り絞る・・・きっと聞こえていないだろうが、偶然にもこんなコメントが出されると、応援のしがいがある。

西岡選手は、昨シーズン“THUYOSHI”に変更・・・しかし、『つよし~!』と応援すると、怪我をする。縁起を担ぎ?申し訳ないが、昨シーズンも『にしおか~!』と応援させてもらった。今シーズンから、また西岡に戻るのか・・・・

   = か細い選手 =

01

(2004年の華奢な西岡選手)

西岡選手が、1軍にあがってきた時は、今江選手のついでのイメージがあった。ファームでは、今江選手はしっかりとした成績を残し、ガタイもいい・・・それに比べ、西岡選手の体は高校生の体のようだった。

  本当に、これで1軍でプレーできるのか?

ファームで西岡選手を見た夫は、“センスは良い”と言っていたが、センスがよくてもあの貧弱そうな体じゃぁね~

1軍に上がってすぐ、夫は『いつかメジャーに行くよ・・・西岡は』と・・・“何をねぼけたことを!”(と、その頃私はいつも思っていた)

ポジションはセカンド。肩は強く、送球は明らかにセカンドのスタイル。なのに、監督の方針で、ショートにもついた。ショートについた時は、いつも腹立たしかった。なぜなら小坂のポジションだから・・・

    

ファームでは大した記録を出していた訳ではないのに、1軍に上がるやすぐさまいい働きを見せ、人気は急上昇。

入り待ちをすると、いつもギリギリに駐車場に入ってくるのが彼。練習はしないのだろうか?なんでいつも遅くに球場入りなのか?と、いらぬお節介&“もしや天狗かぁ?”という思いがあった。より彼を理解できにくくしたのが、彼の自慢の自動車。

一言で言えば、ギラギラしたド派手なトラックを2回り位小さくしたような感じ。夜になると、より“ギラギラ”きらめくと言う。

試合でも、彼はマリーンズにないやんちゃな守備を見せてくれた。

そのため、私は夫と彼のことを話題にする時は

   『 ヤンキー♪ がね・・・ 』

と、あだ名をつけて話していた。

    

    = 見えない努力 =

1

(ちょっと大きくなった2005年)

ただ、ファンには知りえない努力をしていたことを後で知り、

   “やはり天才は才能だけではだめなのだ”

と、改めて知った思いがした。努力はどの選手もしているだろうが、そんな風に見えない彼・・・

彼は、ファンが入り待ちする時間には、ギリギリに入ってきていたが、実は試合後さっさと帰宅したいはずなのに、かなり遅くまで高橋コーチの指導のもと練習していたそうだ(高橋コーチも凄い)。

時には球場入りする際、高橋コーチが西岡選手の助手席にいたことも・・・

ファームから上がって来たばかりの貧弱な体型も、一回り大きくなりパワーも付き、腰で打球を捕らえる技術により磨きがかかってきた。

今シーズンは五輪があるので、そこを目標にしそうなことが不安であるが、五輪に出場なら彼らしいプレーを魅せられるセカンドだろうから、それはそれで楽しみである。

今シーズンの袖の長めのユニの時、彼は切って短くするのかな?

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2008年1月17日 (木)

細谷圭を見つめる人

みなさん、最近マリーンズのネタをたくさん載せてくれる日刊ゲンダイという新聞に、唐川くんの記事が載るようで~す♪

        

    = 細谷圭内野手のお話 =

マリンスタジアムで知り合った方で、Mさんというアマチュア審判の免許を持ってる方がいる。このMさんに、野球の面白い見方を数多くおそわった。

おかげで、ますます野球にはまってしまったが・・・このMさん、高校野球も大好きで、予選から試合を見て、いい素材を探されている方である。

   

1 私達夫婦は、細谷圭内野手を応援している・・・まだ、ファームで1軍には上がったことはない選手だが、実は入団前からこのMさんに細谷くんを見ていてほしいと言われたのがきっかけだった。

まだ細谷くんが高校時代にMさんは、『ロッテが細谷くんを取りに行くから・・・』と教えてくれた。そしてこの選手は、打撃のセンスがあり、守備は捕球が丁寧らしく小坂になれる力がある。特に、打撃は“群馬のゴジラ”と呼ばれ、パワーがありミートも上手いとのこと。

もし、ロッテに来てくれたら見てやってくれと言われた。私は、“小坂”って響きだけで

   『打てる小坂を指名するんだ~♪』

と浮かれていた。ただ、本人がロッテに来てくれればのはなしだが・・・

2 (滅多にショートはやらないが、つけばもともとショートの細谷くんは連携も丁寧)

ドラフト4巡でロッテが指名したが、後にソフバも狙っていたことを知り、先に指名できたことに感謝した。細谷くん自身、まさかロッテが指名してくるとは思っていなかったらしく、ロッテの名が上がった時は、周りが“ロッテってどんなチーム?”と、アタフタしたと聞いた・・・(そりゃそうだ!なんたって突然指名してくるロッテだもん)

ちまたでは、『西の陽(福岡第一・現日ハム)、東の細谷』と言われ、高校通算46本塁打(1大会4本塁打)の記録を持つ。

    

昨シーズンは、Mさんお母様の介護でなかなかマリンスタジアムでお会いできなかったが、9月に久しぶりにお会いすることができた。相変わらず、中味の濃いお話をきかせていただいた。その中で、細谷くんのことが話にあがった。

  『あの子、最近打撃フォーム変えた?』と尋ねられた。

よくよく話をうかがうと、高校時代は右脇を締めて打つので、高めの多少のボールでもきれいにヒットできていたそうだ。しかし、最近のフォームを見た時、どうもHRバッターでも目指しているように、右肘を上げての構えなので、どうしたのか?と。

打ち方はアベレージヒッタータイプのようだったが、マリーンズはパワーヒッターに育てようとしているのかもしれない。ただ、個人的には細谷くんにはアベレージヒッタータイプでいてほしいが・・・

どちらにしろ、Mさんのように高校時代から応援して、野球どころではないほど大変な時期でもずっと見ている人がいる。そんなファンのためにも、細谷くんは焦らずじっくり大物に成長してほしい。

実は今日1月17日は、細谷圭選手のお誕生日。成人式も済ませ、新たな気持ちで今シーズンもがんばってね。

  “おめでとうね、細谷圭選手♪”

3 Hosoya_031

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2008年1月 7日 (月)

もう一度青い時!青野毅

   青と言う色は、冷静になれる色だと聞いた・・・

   

1 06’活躍を見せ、さあ今シーズン・・・と思ったら、07’は5月に入り徐々に不調となり、7月23日ついにファーム落ちした。

     

2      出だしは良かった・・・

3月30日、まず1号HRを放つ。そして、4月、5月にはコンスタントにHRが出て、チーム内でのHR争いは、ズレータ選手と二人で戦っていたように思うぐらい凄かった。5月28日の時点で、すでに10本のHRが出ていた。

守備も本来内野だが、外野も入ればそこそこ上手い。おかげで、便利に使われていた。

怪我人も多かったが、それ以上に打って守れる選手がいない。守備固めのために代田選手や、大塚選手、南選手はファームとの行き来をくり返すのだが、いざとなるといない!先発6人制を取っていて、守れない打つだけの選手をベンチに入れていると、守備固めを削らなければならなくなる。

総合的に見ると、内外野そこそこ守れ、HRも打てる・・・監督にとっていい選手である。

しかし、青野選手のやっと1軍定着できるかもと言う思いと、便利であるというベンチの思いがあいまって、青野選手は怪我をおして出ていたようだ。

6月になると、HRは出てないがそこそこヒットを放ち、どこでも守れる選手として相変わらず便利に動いてくれていた。

ただ、7月になると、世間では『ホームラン狙いすぎ』とか、『ミートに心がけよ』など、あらゆる厳しい意見が出てきた。

5月下旬、6月下旬と立て続けに、今江選手・西岡選手と登録抹消・・・その前に抹消して怪我を治さなければならない青野選手は、なぜ後回しにされなければならなかったのだろうか?

恥ずかしい話だが、私もその頃『高めのボール球、振り回しすぎ!』と夫に言ったこともあった。そんな偉そうな私に、すかさず

『あんたはあれだけそばで見ておいて、何も気付かないのか?・・・あんなに手首かばっているじゃないか!』

と、夫に叱られてしまった。しかし、良くわからなかった私は、7月10~12日の西武戦で、嫌と言うほど夫が言った“かばう”を実感した。

試合前のバッティング練習で、本来の青野選手の打撃とは全く違っていた。青野選手のその姿を目の当たりにした時、ただただ申し訳ないと・・・痛くないほうの腕を中心に、バットにあてることだけを考え、打球はすべてゴロ。フォームはHR狙いとはほど遠く、どう見てもランナー進めるスイングの練習?私は、試合前の打撃練習でこんな練習ははじめて見た。

   

ファームに落ちた青野選手は、浦和球場内での練習にも出てこなくなったそうだ。理由はサインを求められ、断ることができないかららしい。

サインが嫌いとかの問題ではなく、青野選手の手は、その時すでに

  “ボールさえ握ることもできなかった”

と言う。守備が器用にこなせるからと言って、怪我をおして出ていた青野選手。

3 今シーズンは、必ず青野選手に良い事がたくさんありますように♪

そして、また06’のおっつけフォームでHRが観たい。

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2008年1月 6日 (日)

“25”の戦い・・・今江敏晃

1 2004年・・・ファームから上がったばかりの背番号25の選手は、試合中手を怪我したようだった。どう見ても、当分出られない怪我ではないか?と思われる様子。しかし、その翌日サイン会に出てきて、サインをしている。

  『手、大丈夫なんですか?』

と夫がサインをしてもらいながらも、少々心配になり尋ねてみたそうだ。すると、その選手は人なつこいさわやかな笑顔で

   『大丈夫です!』

と、元気良く答えてくれたそうだが、サインの列は長く、1軍のベテランのように途中でサインを終わらせることができず、ひたすら書いていた光景を今でも覚えている。

そして、次の日彼はファームに落とされてしまった。理由は、

    “試合中での骨折”

せっかく1軍に上がれたので、どうしてもチャンスをものにしたいがため、痛さを我慢したらしい。サインをしていた時も、笑顔とは裏腹に痛かったことだろう、なんたって骨折だもの。

めいっぱい振りきる打撃、3塁線をぬかれまいとする左足を前に出した守備のスタイル、そんな泥臭さが、また人を引き付ける。

しかし、せっかく上がってきても骨折の上、ファームから上がってきたばかりの選手では、2ヶ月は出てこれないだろうと予想していた私。

そんな私をその選手は裏切ってくれた。彼は、脅威の速さ(確か2週間位)で完治させ、再び1軍のサードに戻ってきたのだ。

左足を前に出すことによって、三遊間が甘くなることがファンの間で問題視されはじめると、いつしかその構えは普通の構えになっていた。しかし、今考えてみると、あの構えにはそれなりの考えがあったのかもしれない。三遊間は確かに甘くはなるが、抜けてもシングル(その頃、レフトへのゴロヒットはほとんどショートで止められていた)。もし、三塁線を抜かれれば、2塁打になってしまいがち。そこまで考えてのことだったのだろうか?

そして、その頃ショートには“小坂誠”がいた。ある日、小坂は大きくバウンドし本来内野安打になるはずの球を、俊介投手の左横に突っ込んできて、バウンドで上に上がる前に捕球し、アウトにした。その後、まだスタメンではなかった彼は、試合前の練習の時小坂の後ろについて守備の左右の動きの練習を熱心に真似ていた(ビジターだと練習風景が見られる)。

(言っておくが、小坂がトレード後、GのA捕手が小坂の後ろについて、小坂のことをバカにしながら笑って同じ動きを真似ていたそうだが、それとは全く違う)

今では、当たり前のように投手の側まで前進捕球し、ガッツあるプレーを魅せてくれる。

優勝前は、案外マウンドの選手の声が聞こえてきたが、彼はいつも投手にサードから声援を送る。投手が少しでも気分良く投げられるようにと言う気持ちが伝わって来る声援だった。現在、観客も増えなかなかマウンドの声を聞き取れないが、きっと今でも彼は投手に声援を送っているだろう。

   

2 当たり前のようにスタメンに名を連ね、優勝に貢献し、そしてWBCにまで選ばれ、今では不動のサードにまで成長した男

     背番号8の今江敏晃

07’のシーズンは怪我をしたが、さすがスタメン・・・焦ることなくきっちり直してきた。

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2007年3月 1日 (木)

小坂誠の背番号1

今日は1日。 先日楽天との練習試合で、大嶺くんの背中が画面に映った時、少々寂しい気持ちにおそわれた。Blog_121

        “1”今や懐かしい数字に。

千葉ロッテマリーンズの【背番号1】だった小坂誠は何処へ・・・。

テレビのスポーツニュースで、ジャイアンツのシーンが映ると必死で小柄な選手を探す・・・。背後から、「探しても無理だよ、今年はガッツと谷だけ、小坂は映してくれないよ。」と、夫の乾いたせりふが針のように私を突き刺す。縦じまユニフォームを着た阪神の鳥谷選手の後姿を見ると、なぜか懐かしさを感じる。

わかっているけど、あきらめきれないこの気持ち。Blog_175

2006年8月27日、仙台で俊介投手バースデイ登板で勝利した日。Marines_06_08_107

この日はマリンスタジアムでいつもお会いするファンの方と偶然お会いし、ホヤの燻製なんかごちそうになりながら、楽しく応援していた。すると、後ろのお客さんが、小坂グッヅを持っていた私に

「小坂ファンなんだ。」と声をかけてきた。

一瞬構えた私に

「俺んちの斜め向かい、小坂のうちだよ。」と。

 (どっぴゃ~、小坂のご近所さんだ!)

私は試合どころではなくなっていた。

「ジャイアンツに行って小坂はよかったのか?腰はどうなのか?今小坂は・・・」

機関銃のごとく尋ね倒す私に、いろいろ答えてくれた“小坂のご近所さん”

小坂選手は、ジャイアンツに決まると、一時期ノイローゼ気味になったそうだ。しかし、決まったものは仕方なく、あきらめてジャイアンツでプレーすることに決めたという。

やはり、小坂選手は野球人生をロッテで終わらせるつもりだったのだと・・・。

この日の試合は、久しぶりに90キロ台の遅い球を生かした素晴らしい俊介投手のピッチングに、野手もがんばったいい試合だったのに、心の片隅がなぜかせつない日でもあった。

  今年から、小坂選手は背番号6。

       そして、ロッテの背番号1は大嶺投手。

入団の際、大人のエゴに巻き込まれたが、そんなことも忘れさせるくらい活躍し、小坂選手のようにファンを大切にし、ファンから愛される選手に育っていってほしい。

そういえば、マリンの警備のおじさんが「小坂選手は、誰も置きたがらない鉄板があるところに、決まって車を止める人なんだよ。入団当初から、謙虚な人だったな~。」と言っていたことを思い出した。

二岡選手よ、申し訳ないがショートを小坂に譲ってはくれないだろうか。Blog_496

   あのショートを、もう一度味わいたい

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2007年2月18日 (日)

しなやかに仕留める!青野毅のセンス

今日から千葉ロッテマリーンズ公式戦チケットの売り出し、ネットの戦いがおこなわれる。ファンもいろいろ戦いがあるのだ。一度でいいから、ネットでのチケット獲得の大勝をしてみたいものである。

2006年4月15日西武戦。大松選手が満塁ホームランを打ち、チームは大勝!

大松選手は、二軍の時から期待され、ガンガン打っていた。しかし、この日夫は、ある選手に何かを感じていた。Blog_418

2004年、夫はサブロー選手を「あのスイングはいい!必ず強打者になる!」と言い続けた。デットボールの時は、(サブちゃん、ラッキー!打率下がんな~い)と思ってる私の横で、「俺のサブローに何すんだ~」と言っていた。そして、2005年、千葉ロッテマリーンズの強肩4番として活躍していたサブロー選手。

今年の夫の期待選手は、この日9回表の5打席目にヒットエンドランのサインで、やっとバットにあてた、5打数1安打の“青野毅”内野手だった。Blog_260

その後、青野選手は「1号も、2号も満塁ホームラン」と珍しい記録も出て活躍。

打撃が良くても、守るところがない。その日によって、サード、セカンドならまだいい、ファーストも。時にはレフトもやらされる。思いのほか、なかなかセンスがいいようで、下手な外野手より安心して見ていられた。

固定されない守備はかなり大変に見えた。その上打席でも、高度な要求がされ始めてきた。しかし、一つ一つ身につけ着実に進化していった。

私が、夫の言葉に納得したのは、7月29,30日のオリックス戦だった。

29日は、きちっと振りぬいてのヒット、送りバントに犠牲フライと、内容の濃~い青野選手の打席を見ることができ、その上勝利。Blog_258_1

30日は、フォアボール、内野安打があり、極めつけが9回表。

この時、2階のホームベースが真下に見える席にいた。菊地原投手の球が、バッターの側で急に変化する。

敵ながら「うわっ!曲がって入ってくる~打てそうもないね」と感心しきり・・・。

青野選手は、菊地原投手の球をきっちりカットし、2-2からインコース低めに食い込むような球(スライダーとのこと)に、食らいつくようにおっつけて三塁線を破り二塁打にした。

残念ながら負けはしたが、今江選手や西岡選手の1軍に出たての頃のような、未来への楽しみを感じさせてくれた。

8月19日の日本ハム戦では、ライトへのホームラン!Blog_157

夫は右バッターである青野選手が、ライトにホームランを打ったことにセンスを感じるのだと、相変わらず勝手に感動していた。

今年は、センスの良さを生かし、

     『 大ブレーク』・・・かな?

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2007年2月14日 (水)

なぜ初芝 清?

今日は、バレンタインデー!っと言っても、夫にチョコをあげるわけでもない私・・・。

強いて言うなら、オス猫にちょっぴり高級な缶詰をあげ、食べ慣れないものはすべて拒否するオス猫が、一日中『いつもの餌に替えてくれ~、替えてくれ~』となき続ける・・・これが毎年の我が家のパターン。

そういえば、今はやっていないようだが、マリーンズショップで3,4種類のロッテチョコ詰め合わせを用意し、バレンタインデーの日、選手にメッセージを添えプレゼントする企画があった。

その企画を目にした時、選手は同じチョコをいくつももらってもしかたないので、形をかえて?メッセージとともに、選手の元へ行くのだろうなと、夢のないことを想像した私に、

夫「どうしても、頼みたいことがあるんだ。おまえの名前でひとりだけチョコを送ってほしいんだけど、オープン戦のチケット買いに行った帰り、申し込んできて・・・。」と、思いがけない夫の頼みだし、チケット買いに行くついでだからと、OKを出した。

千葉までの長い道のりを行くのは、とても面倒だった。そんな気持ちを察してか、出かける前の私に、「この中に電車の乗り継ぎ時間と、座席と、チョコを渡す選手のフルネームとメッセージ書いておいたからもってって・・・。」と紙を渡された。(私が出すんだから、きっと小坂だよね?)と勝手に思い込んで、ぶーたれながら千葉に向かった。

電車の中で、その紙を開くと、

そこには“初芝清選手”の名が・・・。Blog_171

(は?はつしば~?)あまりの予想外の名前に固まってしまった私。

後で、夫に初芝選手にした理由を尋ねると、

「だって、おまえと同じ歳じゃん!」と言われた。

(え?そんな理由?)とりあえず言われた通りにしておいた。

ホワイトデーに、サイン入りカードが送られてきたが、

 “今ではしっかり宝物”Blog_300

初芝選手は、なかなかサインに出てこないので有名。まだ、サイン会がネットの隙間でしてた頃、里崎選手と初芝選手が出てきた日があった。里崎選手をパスし、初芝選手だけにサインをもらうファンが多かった。

パスされる里崎選手が「初芝さん、すごいっすね~。俺のいらないみたいだし~」とちょっとすね気味に言うと、

初芝選手は「サインはしすぎちゃだめなんだよ。俺みたいに“たま~に”出てきて、サインするとサインの価値が上がるんだよ。」と言っていた。

この頃、いつも出てきてくれる里崎選手に対し、サインをもらうファンはリピーターばかり。そのため、2回も3回もしてもらう訳にはいかず、ついにパスしてしまうのだ。(今では贅沢な話だが・・・)

そのあと、初芝選手は「だけど、いつもサインしに出てるよな~。大変だろ?」と、まわりのファン聞こえるように、里崎選手に向かって言った。

一見、いやみなおっさんに感じるが、里崎選手へのやさしい気配りなのだと思った。Blog_170

Blog_124 2005年9月22日、初芝選手の引退試合の日(今日で初芝選手、見納めか~。明日からは、コーチになってたりして・・・。)と思ったら、

「最後の夢が・・・それを実現した後、バットを置きたいと・・・」って、(あ、あれ?)と思ったが、今考えると、千葉ロッテマリーンズを『日本一』に導いてくれたのは、初芝選手のプレーオフ第2ステージ5戦目での必死の走塁だったのだろう。

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