ロッテ選手名鑑助っ人編

2008年2月15日 (金)

あきらめない気持ち・・・ズーリー

乱闘はあまり好きではない。以前、ズレータ選手が投手に殴りかかった時、

     『最悪な選手だ!』

と憤慨した覚えがある。彼がマリーンズに来る事となった時、正直不安でもあった。

ちょっと不思議に思ったことが、両球団たいした金額の差がなく、その上彼はファンを大切にするという話は良く聞いていたのに、どうしてマリーンズにきたのだろう?

チームメイトになる助っ人と仲がいいからと言って、それだけでは来ないだろう。

たったひとつ、気になることがある。

乱闘事件の際、ソフバが彼に罰として“ボランティア”を命じたこと。罰が“ボランティア”だとは・・・違和感を感じた方もいらしたと思う。

“ボランティア”は罰で行うものにしていいのだろうか?罰で行うのではなく、名誉として行うものとして、考えられているのではなかったろうか。

“ボランティア”に対しての考え方が遅れているといわれる日本。彼が、球団に不信感を感じたのはこのことも一理あったのでは?と勝手に思ってしまう。

    

1     = いざ、入団すると =

マリーンズに入るとすぐ、もといたソフバからも必要以上に頭周辺をビシバシ狙われた。宿命だとしても、見ていてかわいそうなくらいだった。

避けずに、打てないとわかると当たりにいく選手もいるが、彼は必死に避けている。

2 3 しかし、どの球団も同じところを狙ってくるため、同じところを痛め(噂では骨折した上からまた当てられ骨折)結局活躍どころではなくなった。(頭を狙ってくるため、あたれば危険球だが、反射的に手で防御するため、手首に当たる)

     

入団前の心配など要らなかった・・・チームに溶け込み、死球を受けても自分の死球は我慢。(ただし、チームメイトが傷つけられたりすると話は別)

オープン戦3月13日、スーパー(?)プレイがでた。私には、微笑ましい『なんちゃって、アライバファインプレーもどき』に見えた。チェンジで戻ると、ベンチではハイタッチ!マリーンズでは当たり前だが、ズレータ選手は慣れていなかったようで、ちょっと不思議そうに、でもうれしそうだった。

そのプチファインプレーとは、ファーストズレータ選手が体勢を崩しながらキャッチした球を、セカンド根元選手が受けファーストに送球でアウトをとる・・・正直、このプレーだけではたいした思い出になっていなかったと思う。

実は、ズレータ選手がファーストにいた時、セカンド・サード・ショートには若手が付いていた。試合の合い間のキャッチボールを見ていると、いつもズレータ選手に対して若者達のうれしそうなこと・・・いい雰囲気だった。

わずかなことだろうが、こんなあたたかみのあるコミュニケーションが、いい連携プレーに繋がるのだと私は思っている。

ただ、困ったことが、ズレータ選手が死球で怪我をしながらファーストをしていた時、最初は皆気を使っていたが、いつしかそれを忘れたらしく、試合の合い間のキャッチボールで西岡選手や今江選手が楽しそうに、はしゃぎながらおもいきり送球・・・ズレータ選手笑いながら捕球するも、素人目にみても痛そうにしていた。ただし、西岡選手や今江選手には見えないように(後ろに手を隠しスリスリしてたので、しっかり1塁客席から見えていた)。

4月19日、試合前小指骨折と知り、ファースト誰だろう?と試合に向かった。ファースト“小指骨折のズーリー”・・・

   なんと、その試合でホームランを打った!

      頼もしい限りだ。

昨シーズン、マリーンズらしからぬ

   “あきらめない”

試合を何度か目撃した。やはり、3月24日の開幕戦がこの現象を生み出してくれたと言っていいのではないか?

正直、0対4で迎えた6回、悪天候でこの回で終了だろう・・・私の頭の中は、“あきらめ”がいっぱい浮いていた。

2アウト満塁、打席にはズレータ選手。投手は今や日本代表のダルビッシュ投手。

    満塁ホームラ~ン♪

こんな場面でこんなことがあっていいのか?

     頭の中は△*?●#?□

あきらめなくていいんだぁ~そんな気持ちを、帰宅の電車でしみじみ味わった私。

きっと、私だけではないだろう・・・多くのファンもそして選手もみんな

 『最後まであきらめない!』ことを実感したのは。

4 以前、ファインプレーとは呼べないが、必死さの伝わってくる守備を見せた時、また、アウトになったもののカットでかなり粘った時、ベンチからも観客席からも大きな拍手と声援をうけた。

彼はとてもビックリし、喜び方を上手に表現できなかったようだ。そうかもしれない。前いたチームでは、ファンからもナインからも打つことしか要求されていなかったのだから・・・

守備は決して上手ではないが、必死に捕球したときや、打てなくても粘って粘って投手にダメージを与えた時は、今年も拍手で迎えてあげて欲しい。

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2008年1月23日 (水)

あるリース会社からの贈り物☆オーティズ

4_011 振り回すのかと思いきや、案外考えながらバットを出し、エンドランのサインの時はどんな球でもくらい付きランナーに負担をかけないようにする。

守備の前評判が悪かったので、てっきり打つことだけで守りはそっちのけだろうと思いきや、上手とはいえないが強肩を活かし必死に守る姿を見せてくれる。

外人ってことで、陽気で大きなアクションを見せるかと思いきや、HRやタイムリーが出た後チェンジになり外野から『オーティズコール』が響き渡っても、ちょっと恥らいながら片手をあげる。

3_2 5  私が好きなシーンは、試合前の守備練習の際、シャイな堀選手とのモジモジしながらの順番のゆずり合い。シャイ同士の二人の空間がたまらなく好き♪

 こんなオーティズ選手、あなたは好き?

    = 打者オーティズ =

ズレータ選手が怪我で、急遽入団したオーティズ選手。応急処置みたいな雰囲気で、正直どこまで期待していいのかファンとしても手探りだった・・・。

2 入団したての7月10日、インボイスドームにての西武戦。オーティズは4回1死満塁でレフトスタンドにグランドスラム!

決してホームランバッターではないオーティズ選手。ホームランが出たからと言って、次の打席粘って四球を選んだり、コンパクトに打って行ったりと頭を使った打撃を見せてくれる。

8月下旬あたりから、HRが出ていない・・・だからと言って不調だったのかというと、そうでもない。8月下旬には、ズレータ選手が戻ってきたのだ。すなわち、自分の仕事が何かをわかっているオーティズ選手は、繋ぐ打者に徹したのだった。

必死に戦う先発投手の背中をみて、自分もそれに答えなければとタイムリーを打てる男オーティズ!

だからこそ、小林宏之投手は『オーティズがエラーを気にして落ち込まないよう抑えた』と、言ってくれたのだと思う。

9 記憶に新しい10月8日のソフバ戦。この時のオーティズ選手のHRは、振り回して当たったとかとは違い、カットしながらタイミングを合わせ、そこから生まれたHRだった。

オーティズ選手の粘りは、もし空振りしたとしても、いつも意味があったように思う。後の打者にプラスになる粘りだ。粘ることで、相手投手の球になれるだけでなく、相手捕手の考えも読めてくる。そして、その粘りを次に生かすのがオーティズ選手の魅力でもあると私は思う。

    = 野手オーティズ =

6 8 決して上手いとは言ってあげられない。しかし、7月のインボイスドームでの試合前、オーティズ選手は西岡選手相手に、必死で連係プレーを練習していた。その頃マリーンズにいた、とある先発にこだわる投手に遠まわしで守備が悪いから負けてしまったみたいなことを言われていた。知ってか知らずか、その練習の姿からは、みんなの足を引っ張りたくないという気持ちが、ヒシヒシと伝わってきた。

9月13日の日ハム戦、1対4で負けてしまったが、私はこの時のオーティズ選手の守備は今でも頭に浮かぶ。

1対4で迎えた9回表、日ハムは武田久投手からマイケルだろうな~のリレーを想像させられながらの惰性の観戦。

そんな中、オーティズ選手が強烈な一二塁間のヒット性の球をキャッチ!だが、正直“たまたま”だと思った。2度目はないだろうとも・・・

そして、今度はもっと深く“絶対抜ける!”と思うほどの二遊間のあたりを

     またもや、キャーッチ!!!

観客席からは、大きな拍手が沸き起こる。負けていることもあってか、オーティズ選手は苦笑い。

しかし、オーティズ選手以外の選手にも、ぜひ知ってほしい。

野球は打つだけではないことを・・・そして、舞台のお芝居のような台本もないことを。

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2008年1月22日 (火)

北の空港で・・・オーティーズ

   4_003

7月8日、私は札幌空港の搭乗口にいた。ブログのネタ作りのために、かなり早めの保安検査を通過し、誰もいないソファーにポツンとひとり座ってせっせと文章作成にいそしむ。

どれくらいの時間が経ったのだろう?周りがザワついてきたせいで、頭をあげてみる。

私の視線に入ってきたのは、どこかで見た顔ばかり。一瞬硬直し、すかさず目を左横のガラス窓の向こうの風景に移動させた。私の周りは

    マリーンズの選手だらけ!

札幌まで来ての3たてされるのは、ファンも辛いが選手もかなり応えていた様子。本能的に、見てはいけないと思い、ひたすら搭乗の時間までじっとしていた。

まずは、ファーストクラス&ビジネスクラスの搭乗となるが、選手の中に座っていられず、意味なくエコノミークラスの搭乗の列に並ぶ。自分の足元を眺めながら、じっと待つ・・・と、私の後ろで横文字の言葉が流れていた。

私の後ろにいたのは、合流したばかりのオーティズ選手だった。

プライベートなので、遠慮すべきだと思ったのだが、慣れてないせいか他の選手と距離を置いていたようだったので、つい通訳の方に

『プライベートですが、握手させていただくことできますか?』と、尋ねてみた。すぐに快くOK!あたたかく謙虚な握手に、キュートな笑顔を添えて・・・。

オーティズ選手の握手の丁寧さで、ふとある選手を思い出した。

私はほとんど握手を求めたことはないのだが、その選手の時だけは、どうしても握手をしてほしかったことを覚えている。彼は、わざわざ手袋を外し、丁寧にそして優しく握ってくれた。その選手はその年、3割30HR100打点をマーク・・・

ファースト&ビジネスクラスの搭乗が始まると、オーティズ選手はそのことについていろいろ通訳の方に尋ねていたようだった。そして、先に搭乗する選手たちを見つめながら、

横文字で“ベニーは?・・・”みたいな会話が聞こえた。

  (ん?ベニー?)

振り向きたい気持ちを抑え、でも、つい耳がダンボになっている私。

通訳の人に、ベニー選手は先の搭乗だと教えられ、オーティズ選手はエコノミーなので一緒に座れないということも・・・なんとなく、話の内容からしてベニー選手を慕っていることが感じられると共に、自分の置かれている現状に心細さを感じているようだった。

そしてお互い搭乗の時間を待つ。その際、オーティズ選手は通訳さんらしき方から『次の福岡での試合移動もエコノミー・・・』だと言い渡されていた。

背中越しで聞かされたそんな会話に、なんとなく心が切なくなり、どうにかオーティズ選手に期待のメッセージを伝えたい気持ちで一杯になる・・・でも、たかがファンだし。

搭乗の列が動き出し、早足で歩くのだが、ちびの私の早足は選手にとって普通の速度らしく、私とオーティズ選手の距離は離れたと思ったらまた接近。

何を血迷ったのか、つい私の真横にいた通訳さんに

『私が握手した外人選手は、オーティズ選手以外はベニー選手だけです。その年、ベニー選手は3割30本100打点だったんです。だからオーティズ選手も頑張って下さい・・・って後で伝えて下さい』

と言っていた。今思うと、非常識極まりないが・・・

この後オーティズ選手は、ビジネスクラス搭乗が当たり前の活躍をみせてくれた。

     活躍話は、また・・・

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2007年2月 4日 (日)

ベニーからの贈り物

2006年9月24日千葉ロッテマリーンズ最終戦、そして諸積選手の引退試合でもあった。Marines_06_09_24_015

(諸積選手現役最後の打席、みごとなヒット)

相手は、プレーオフ1位通過のために死に物狂いでくるであろう日本ハム。

4対4の同点で迎えた7回裏、無死1,2塁、マリン自慢の3割バッター福浦選手。

(福浦だからバントはない、とりあえずランナー進めて、その後、私だったら・・・)

と考えていると、なんとベンチは福浦選手にバントをさせた。

   おーい、バントかよ~!! 

びっくりしたのもつかの間、里崎選手を露骨に敬遠。

バッターベニー。この瞬間、私の脳裏にあの西武戦がよみがえってきた。

2005年4月6日インボイスドーム。

ベニーの前の打者を露骨に敬遠。

正直、この時西武ベンチが、ベニーをなめているのが、ファンにも伝わってきた。

くやしくて、くやしくて、涙が出てきた。

しかし、ベニーはもっと悔しかっただろう。

ベニーはその悔しさを吹き飛ばしてくれた。

   『グランドスラム』で。

おまけに、次の8日の日ハム戦でもまたまた見せて、

いや、“魅せてくれた”Blog_060

    2試合連続グランドスラム!

さすが西武。その後、ベニーの前の打者を敬遠する際は、“きわどいとこを突いたけど四球になっちゃった”って感じで敬遠するようになった。

里崎選手敬遠で、わたしはベニーが必ず打つと確信。

そしてライナーでレフトスタンドへ放り込んだ。

  『ベニーのグランドスラ~ム!』Marines_06_09_24_022

Marines_06_09_24_026  諸積の引退試合に、とても大きな華をそえた。

 この日、ベニーのお友達のお誕生日でもあった。

  こんな素敵な誕生日プレゼントって、いいな~

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2007年2月 3日 (土)

ベニーの三盗の意味

Blog_135 この時期になると、今年のチームリーダーは生え抜きがいいだの、  なんだの言い始める。

千葉ロッテマリーンズのリーダーは誰だろう?

2006年5月9日、甲子園での阪神戦。

私はパソコンの前で、夕食の準備と平行して、試合の速報をチェックしていた。

1回裏「ベニー、塀内と交錯しながらもスライディングキャッチ!」

そこまではよかったが、それに続くコメント

「しかし、このプレーで膝を痛めたベニーが動けず・・・」

「・・・ベニーそのままタンカで運ばれ・・・」

ベニーの怪我はちょっと深刻らしかった。

その上、相手はちょっぴり弱気な塀内選手だし・・・。

 

それから、12日後の21日中日戦。

ランナーは2塁ベニー、バッターサブロー選手。

塀内選手との交錯した際の、ベニーの膝の傷口には、 まだ糸がついたまま。

   なんと“ベニーが三盗”

キャッキャ、キャッキャ喜んでる私に、夫が一言、

「塀ちゃんのために走ったんだよ。

  あれがベニーのやさしさだね、きっと。」Blog_137

2004年の西武戦を思い出した。

ベニーが、まともに歩くことさえできない足を引きずり、ファーストへ向かった時の事を。

あの日を境に、チームが変わった気がした。

子供が親に褒めてほしくて側に行くように、ナインは活躍するたびに、まずはベニーの側に行くようになっていた。

正直、怪我が悪化したら、今年で終わりになるかもしれない。

無理に走らなくてもかまわないのだ。それこそ、糸が取れるまで、   試合に出なくても、誰も文句は言わない。

  なのに、走った!

チームリーダーとは、きっとベニーのような選手を言うのであろう。

    やさしくて、そして強くて・・・Blog_131

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2007年2月 2日 (金)

徳不孤(とくこならず) ベニー・アグバヤニ

今日のブログは、妻が2004年に感動のあまり書き留めたものである。

めずらしくまともな文章だったので、今回は夫の私が載せてみた。Blog_059

 

論語に「徳は、孤ならず」、徳のある人は孤独にはならないという意味の言葉がある。

 2004年のシーズンはじめ、マリーンズに入団したばかりのベニー選手にサインをいただき、握手を求めると、すこし驚き気味の後、すかさず手袋をはずしこちらが恐縮するくらい丁寧に握手をしてくれた。

 序盤、成績はおもわしくなかったが、体型からは想像できないくらい、速い足を持ち、守備も良い。なにより、ひとつひとつのプレーを大切にしている。

 暑い夏がおとずれる頃は、ハワイアンの彼はチームにとって大きな軸になっていた。

誰も打てなくても、彼だけは打った。

足を生かした内野安打から、打った瞬間わかる特大ホームランまで・・・。

  

その年の西武戦。相手ピッチャーは松坂。

92アウトまで、手も足も出ず、三振の山。

敵ながら怒りを越し、感動さえ感じていた。

そして最後の打席、その日怪我でベンチだったベニーが代打で出てきた。

バットには当てたが、強い内野ゴロで終わった。

いつもの彼なららくらく内野安打だったことは、1塁内野席で見ている客たちは知っていた。

彼は、打った瞬間いつものように、あきらめず必死に走った。歩くことさえままならない足を引きずりながら・・・。

そして、客たちは叫んだ。

  「ベニー、もう走るな。

        わかっているから!」と。

目頭を熱くさせた瞬間であった。

この日を境に、彼は本当のマリンのリーダーになったことは言うまでもない。

 

         この年の彼の記録は、

     打率315、35ホーマー、100打点。Blog_117

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2007年2月 1日 (木)

マット・フランコの魅力 パート4

バッターは、いつでも軸がぶれないのがいいらしい。

マット・フランコ,その人は、いつも同じスイングを心がける。Blog_055

夫は、カメラを構え感動の一瞬を狙う。

そう、彼のスイングはいつも同じ。

ホームランも、そしてキャッチャーゴロも。

(もれなく三振も)

 

2005年9月19日。その日は、プレーオフに向け、とても大切な時期だった。

相手はホークス、負けられない!

0対5から8対5と大逆転!

そして、サブロー選手が1塁から2塁、西岡選手が3塁からホームへの

  『ダブルスチール』

      9対5の勝利

いよいよヒーローインタビュー。

観客席からは、「今日は誰かな?」「悩むな~」。

誰だ誰だ、ヤンヤヤンヤと、うれしい会話が・・・。

ついに出てきた!

今日のヒーロー

   マット・フランコ選手~」

 

 「えっ?マティなんかした??」との声が・・・。

彼は、5打数4安打だったのだ。Blog_129

(確かに、あまり記憶に残ってはいなかったが)

うれしそうに出てきたときの、あの笑顔をみると、次もお立ち台にと思ってしまう。

その2日後、【M0対1H】でランナー一人。

彼がバッターボックスに向かう。

そして、あのぶれないスイングで“2ラン”

 

この時点で

『今日もお立ち台はもらった~』

のはずだった・・・が、彼のHRをきっかけに、打線大爆発!

堀選手満塁HRに、今江選手4打数3安打。

今日のヒーローは今江選手になった。

でも、この日私にとってのヒーローは

      “マット・フランコ”だった。

 

彼は、案外バントも上手。

不調で、打率が1割台になりそうになった時、セフティーバントを成功させた。Blog_095

次の今江が打った時、

『気分は西岡!』のままの彼は、

   3塁まで“激走”

 

   ここまで私を魅了した彼。

    彼の魅力、いまだわからず。Blog_107

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2007年1月31日 (水)

マット・フランコの魅力 パート3

2006年4月22日札幌ドーム。Blog_099

3対2、9回裏、2アウトランナー1,3塁。バッター2ストライクに追い込まれたその時、突然、夫が

「マティがおかしい!どうしたんだ?」と。

この日ファーストだった彼に目を向けると、一人落ち着きなく、構えもせず、

   アタフタ、アタフタ・・・。

セカンドが彼の動きに気づき、ショートの西岡選手になにやら笑いをこらえた表情で合図。

実は、この時どこを守ればいいか、彼は迷ってしまったようだ。

しかーし、彼のドタバタのお陰で、バッターの集中力が途切れ、棒球空振り、めでたく勝利。

5月21日マリンで中日戦。

9回表、ランナー2塁。代打はバントの名手川相、となれば確実にバントだ。

一塁手は前進し・・・って、してないじゃん!

西岡選手あせって、セカンドの正人選手に必死で手で合図。しかし、なかなか気づかず、ついに球は投げられた。

“ラッキー!あの川相がバント失敗”

やっと気づいた正人選手、一塁手に合図を送る

・・・が一塁手、全く気づく気配なく、

それも深~い守り

そして2球目バント成功、小林雅投手が捕って、ファーストに・・・正人選手がいた。

  そう、ファーストはマティその人だった。

ベンチに引きあげる時、彼はうれしそうに正人選手のそばに行き、ナインに約束通りからかわれていた。

そんな彼も、福浦選手の守備を彼なりに研究したらしい。Blog_094

その証拠が、約1ヶ月半後の6月1日の試合にあった。

試合が始まる寸前のキャッチボールの球をベンチに戻す。この時、彼はピッチャーのように振りかぶってベンチにワンバウンドで返した。そう、この仕草こそ福浦選手のいつもやっている仕草なのだ。

その上、かた~いはずの体が、捕球の際、福浦選手とまではいかないが、かなり足を伸ばして捕るまでになっていた(時々、手を伸ばすのを忘れてはいたが)。

20代若手は、試合ごとに守備成長を感じることはよくある。

しかし、35歳にして守備成長を感じた選手は、彼がはじめてだった。Blog_108

『守備はほっとけ。

  ガンガン打っちゃえ、マティ!』

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2007年1月30日 (火)

マット・フランコの魅力 パート2

今日は春のような、穏やかな天気。

でも、春一番が吹かないと、いよいよって気がしない。

開幕スタートの頃は、マリン自慢?の強風が・・・大塚選手が「ドームは、球が止まって見える」と言った言葉がよくわかる。Blog_097

レフトを守るマティの所へフライがあがる。彼は急いで前進、球は落下・・・って後ろに落下してるし。

フェンスギリギリにフライがあがる。彼はフェンスにたどり着き、じっと上を見つめて球を待つ。

落下・・・って球との距離3メートルはあるじゃん!

(ちなみに、ここまでくるとエラーではなくなる)

日差しが強く、暑い日のデーゲームは選手にとって過酷である。

そんな日、ふっと、レフトの彼に目を向けると、そこには・・・

マティがいなーい!どこいった~!

必死に探すと、センターよりのフェンスぎりぎりにへばりついていた。そう、ほんのわずかな日陰のところに・・・。

こんな彼でも、ボーっと立っているわけではない。守備位置で、合間をみて大塚選手やサブロー選手を手本に体操をする。

(私には、どうもプラプラしているか、寝転がっているようにしか見えないが)Blog_093

進歩もみられた。フライを前進キャッーチ!

(といってもなぜかジャンプして捕る。ジャンプするなら前進するな~!)

いつの間にか、新庄選手のように、ステップを踏みながら捕ることも覚えていた。

『気分は新庄!』

それを見つけた夫が、「なにもしなくていい。頼むから普通に捕ってくれ~」

と、悲痛な叫びをもらしていた。

体力的なことを考えると、

『やっぱり、ファースト?』

   パート3につづく・・・

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2007年1月29日 (月)

マット・フランコの魅力 パート1

続々と各チームの新外国人が来日しはじめてきた。

会見を開くと、頼りになりそうなコメントが並ぶ。

今度こそ、本当にそうであってほしいとどこのファンも願う。

昨年までいろんな意味でがんばってくれた“マット・フランコ” そう、彼の入団した時の事を思い出す。

2004年、彼は、千葉ロッテマリーンズにやってきた。

彼は、『どこでもできる』が売りの選手だった。プロフィールには三塁定着とまであった。

シーズンが始まると、確かにサード、ファースト、外野と、各ポジションについてくれた。

『どこでもできる』のは確かだったが、『どこでも守れる』とは言い難かった。

サードにつけば、ゆったりした送球でセーフ。

「せめてウォーミングアップのキャッチボールの速さで投げてくれ~」と、夫はいつも愚痴っていた。Blog_089

ちなみに、キャッチボールの相手は、肩の強~い里崎選手と橋本選手と3人でよくやっていた。

しかし、私から見ると、どうしても2人のジャマをしているようにしか見えなかったが・・・。Blog_090

セラフィニが先発の時、バッターがバントをした。誰が見てもファウルになるはずの球を、キャッチャーの制止も目に入らず、

  “ダ~ッシュ!”

彼は、はりきって捕ってしまった。

その瞬間皆が思った(あちゃー、やっちゃった!)

「サーフおこってるよ~」と、ファンが口々に言う。

ファンがわかるくらい、神経質なセラフィニをおこらせてしまったのだ。

彼は、そんな自分をグラブで何度も何度も叩いていた、なぜかセラフィニに良く見えるように。

やはり監督も少しは考えはじめたのか、ファーストと外野中心に守らせ始めた。

ファーストにつくと、本人必死に跳びつく(足は地面から離れていない)がしっかり左を抜かれる。

また、送球が速いとついよけてしまう。

小坂選手は、そのため1度エラーが付いた。

その日以来、彼がファーストの時は、ものすごーく捕りやすい球を投げるようになっていた。

『次は外野だ!がんばれ、マティ』         

パート2につづく・・・

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