ロッテ選手名鑑 投手編

2007年2月 6日 (火)

成瀬善久の太ももデビュー

Blog_145  ウォーキングから戻ってきた夫が、

「なんか、内転筋が張ったみたい。でも、そこを意識して歩くと、これからもっと上手に歩けるかも。」と、全く意味不明の事をいう。

(内転筋?いつから筋肉に興味を持ち出したんだ、この人は?マッチョになる気なのだろうか?)と、黙って不安げに“じーっと”夫を見つめると、

「まだ、マリーンズTV見てないんだ」と。

急いで、パソコンを開くと、成瀬投手のインタビューが・・・。

その内容には、内転筋とやらが張って、その張りを意識して・・・どうのこうの。

(パクリかよ~、ってか、

  あんたはピッチャーか?!)

夫の背中に向かって、心の中で叫んでやった。

 

2006年5月17日。横浜での試合。

成瀬投手の初先発なのに、この日は雨だった。

しかし、5回まで強い雨の中、成瀬投手は淡々と投げ、勝利をものにした。

私一人での観戦。成瀬投手の初マウンドだからと、夫にカメラを託されたが、ほとんど触ったことがない私は、説明書片手にホッシーナで練習したが、トラブルだらけ・・・。Blog_143

Blog_141 いざ試合が始まると、雨がひどいが、合羽姿で、荷物はゴミ袋に入れ、カメラ抱きしめとりあえずがんばった私。

成瀬投手にカメラを向け、ひたすらシャッターを押した私に悲劇が襲い掛かる。

 “ドスッ!”と・・・

右わき腹に衝撃が走り、一瞬息ができなかった。

わき腹が、痛いと言うより、衝撃のあまり熱かった。

ファールボールがあたったのだ。

しかーし、私は次のモーションを逃がすまいと構え続けた。

お陰で、下手な写真ではあったが、成瀬投手の“盛り上がる太もも”を撮ることができた。

怪我で二軍戦も出られなく、ただただ不安をかき消すために、走りこんだという成瀬投手。Blog_148

その走り込みが、

 黄金の太ももをつくり上げたのだ。 

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2007年2月 7日 (水)

成瀬対松中

チームによっては、キャンプで高卒ルーキーを、1軍からスタートさせているところもある。

しかし、高卒の選手は「焦らず、じっくり」で、まずは怪我をしない体力づくりからはじめてほしい。実力があっても、若くして怪我でプロを去る選手も多い。

 ドラフト6位で入団した成瀬投手は、入団前から故障持ち。

2004年は、故障のため、試合は後半にやっと二軍マウンドに立てた状態。みんな、夢いっぱいとちょっぴりの不安で入団してくるなか、成瀬投手は最初から“故障”を抱えたままでの入団。どんなに不安だったことか・・・まだ20歳になっていない子が。

成瀬選手は、その不安をかき消すために、ただただ走りこんだという。

2006年5月17日の初勝利の日から、できる限り成瀬投手の登板予定日には足を運んだ。Blog_153

8月6日のホークス戦。杉内投手との投げ合い。

けが人続出で、この日の守りはなんとかなりそうなメンバーだったが、大量点は明らかにのぞめず、成瀬投手しだいだった。

この日の投球は、今までになく従来のコントロールのよさに加え、繊細かつ、大胆さを感じた。

6回表、バッターは松中選手。ちょうど疲れが出てくる回。

(この回を乗り切ればなんとかなる。がんばれ~)そんな気持ちで応援。

松中選手、決め球をしっかりカットしてくる。さすがである。

あまりのしぶとさに

(もう、フォアボールでもいいよ、松中だし~)

と、客である私が根負けしていた。

しかし、コントロールのいい成瀬は、きっちりストライクゾーンをついてるようだ。そして、松中選手も負けじとカットしていく。

13球目、松中選手が打った!ボールは、ライトフライ。

  成瀬投手が、松中選手に

       投げ勝ったのである。

この年の成瀬投手の登板した試合は、中身のある素晴らしい試合ばかりだった。Marines_06_09_1518_069

(9月18日初完封)

Marines_06_09_1518_090

その中で、私にとっては8月6日、勝利投手にはなれなかったけれど、この試合の松中選手との対決が、1番の思い出となっている。

 不安を抱えながらの走り込みが、

 2006年の頼もしい太ももと、

強い精神力をつくり上げたのだろう。

成瀬投手は、栃木県出身。

もしかして、栃木の武士で、弓矢のコントロール抜群の『那須与一』は先祖かな?

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2007年2月10日 (土)

泣かせる男、薮田安彦 前半

Blog_225 Blog_226 今年は、交流戦が減ることになり、交流戦で貯金を増やす千葉ロッテマリーンズにとっては、少し残念かもしれない。Blog_223

 

2005年5月11日、千葉マリンスタジアムでの阪神戦。

さすが阪神ファン、ファン人口が多いためか、平日にも関わらず、平日はなかなか埋まらない内野3塁側も人の入りがいい。

中には、あえてビジター側ではなく、マリーンズ側の席をとるファンもいると聞いていた。

やっぱりいた・・・マリーンズ側に座り、試合前から周りを大きな話声と野次で威嚇するファンが。

そして、その阪神ファンはガンガン野次を飛ばすのだが、まるで野球とは関係ない野次ばかり・・・。(どうも、阪神ファンもどきのようなのだ)

エセ阪神ファンの後ろの座席の女の子は、おびえながらも応援したいことをお父さんに訴えかける。その子のお父さんは「ごめんね、今日だけは我慢しようね・・・。」と納得できない悲しい説明。

そんな中、私の横に大人のカップル。女性のほうは、初めて球場に来たようで、「野球場って、広くてきれいなんだね~来てよかった」と言いながら席に着いた。

しかし、そんな穏やかな気分は、すぐにエセT客に壊された。

エセT客「こんな球場、どこがええねん。天下の阪神に勝てるとおもーてんのか?」となんちゃって関西弁で言った。そして試合が始まると、

エセT客「高橋~誰だお前は~。おい!高橋ってやつ、ジャマだ、そこにいても役にたたんぞ。」

(カープからいっぱい取ってんじゃん!あんたの好きな金本の先輩じゃー!セリーグ見てるんだったら、高橋慶彦ぐらい覚えとけ~!

しかし、心だけ強気の私は、クチには出せずただただ思うだけ・・・。

   そしていよいよ8回表

      薮田投手登場!』Blog_206

 後半につづく・・・って、これ日記だろ!

    と、夫に突っ込まれたが、つ・づ・・・・。

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2007年2月11日 (日)

泣かせる男、薮田安彦 後半

【日記のはずが、前半、後半がある変なブログだが、とりあえず今日は“後半”】Blog_210

エセT客(なんちゃって阪神ファンのこと)のおかげで、心に溜まっていたうっぷんを、なんとかしてほしかったエセT客周辺のマリーンズファンは、薮田投手の登場で一気に盛り上がっていく。

Mファン「薮田~、頼んだよ~」

エセT客「“ヤブ”ならうちにもおるで~」

(今からアメリカから呼びもどすんかい!!それに藪じゃない、薮田だ~)心の叫びがなぜか関西弁もどきになっていた私、しかし声にはやっぱりできず。

 

     三番シーツ選手三振 

 

今まで静かに観戦していたお隣の女性が突然弾け、

「すご~い!がんばって薮田~!」の声援。

次の打者はエセT客が「アニキ~」と叫んでいた金本選手。

エセT客「アニキ~、△×□※○・・・・・・」

 

    四番金本選手三振

 

(さすが金本、見ごたえあるな~)と思った時、

エセT客「何やってんだよ、金本~。バットにも当てられないんか~」と。

Mファン「がんばれ~、薮田~」

カップルの男性「どうしたの?大丈夫?」

カップルの女性 「なんかわかんないけど感動なの。

      がんばって薮田~!」

お隣の女性かなり感動のようで、声が震えている。

 

    五番今岡選手三振

 

カップルの男性「もしかして泣いてるの?」

カップルの女性                                                        「だってすごくって、あの薮田って人・・・」

その女性は、おもいっきり泣きモードに突入

この試合以降も、私は薮田投手が泣かせたファンを何人か見た。

先発から中継ぎに変わった時は、きっと薮田投手も悩んだと思う。しかし、オリンピックの期間は、小林雅投手の穴をしっかり埋め、大きな信頼を勝ち取っていった。Blog_244

Blog_245 Blog_246 数字上のスピードはないが、素人目から見てもバッターの手元でのび、球が重く見える。なにより、一球にこめる“気合”が、見ているファンに伝わってくるのだ。必然か偶然か、薮田投手がマウンドに立つと、バッターはほとんどクリーンアップ・・・ますます熱くなってしまう。

2006年は、WBCの疲れも見え隠れしていたが、どんなに打たれても、薮田投手への野次はあまり聞かれなかった。

また、今年も“気合”で熱くさせてもらいたい。

     今年は何人泣かせるだろう?

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2007年2月21日 (水)

蝶のように舞う、久保康友 in仙台

あと3回寝ればオープン戦!久保投手も2年目のジンクスに少々泣かされたが、今年はどうだろう?

 2006年は、あまり調子は良くなかったが、なんとかローテを守った久保康友。時々、ヘロへロになってベンチにもどって来る姿を見て、そのまま倒れちゃうんじゃないかな?と思う時もあった。

今年の課題は、落ち着きとスタミナかな?

 

2005年4月24日仙台での試合“久保康友”初先発。Blog_072

イーグルスは、出来立てホヤホヤのチームのため、他の球場とは少々違った。まず、一塁側がビジターなのだが、あまり浸透していなかったようで、一塁側にいたイーグルスファンから「なんで一塁にロッテファンがいるんだよ~、ロッテファンは普通3塁側だろう。」と文句を言われ、DJは自ら相手チームに、野次まがいなことをマイクを通して言う。近隣の迷惑になるからと鳴り物禁止にしたまではよかったが、いざ試合が始まると、乾いた音の“ガチャガチャ音”が鳴り響き、球団のスピーカーのボリュームはかなりの音量、鳴り物うんぬんの話ではない。

そんな中、久保投手は私の不満を拭い去るかのような快心の投球

気持ちよく観ていると、橋本捕手のサインに首を振った。それも1回ではない。首を振った球でしっかり三振とっちゃうし・・・。

その様子を見ていた夫は

         「凄い、久保が舞っているようだ!」

そして「タスクのサインに首振る久保は、本当に新人なのか?」

と言う夫に、私「一応、新人。」と答えたが、明らかに新人離れしていた。

8、9回になると、まだ力が残っていたのかと思わせるほど、一段と球に威力を感じ、跳ね上げる右足がより高く舞う。Blog_433

確かに久保は舞っていた!

前日に続き、この日は打線も好調。Blog_071

Blog_070 Blog_229 この時の、のびやかなフォームに、戻す気はないのだろうか?

躍動感あふれる、あの日のピッチングをまた観たいものである。

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2007年2月25日 (日)

和風投球“小林宏之”

各チーム、客層を広げるため、いろいろ努力しているが、その中で、『イケメン選手』として若手を売り出したりする。時折、イケメン?と尋ねたくなる選手も何人か・・・。

昨日のオープン戦の先発だった千葉ロッテマリーンズの小林宏之投手(通称コバ宏)は、首をかしげる必要はないだろう。『イケメン』で売り出していないが、たしかに『イケメン』だ、いや外人モデルだ。Blog_424

2005年、コバ宏投手がまだ『イケメン』だと世間に知れ渡ってない頃のこと。マティ選手がユニフォームをパンタロンスタイルで着こなしてから、スタイルの良いマリーンズの選手にもすぐに広まった。さすがコバ宏投手、普段着のセンスもナチュラルでおしゃれだが、ユニフォームも自然に着こなす。Blog_495

試合前、練習風景をボーっと見ていたとき、後ろに座っていた親子の会話が耳に入ってきた。

父「あの大きい二人の外人だれだ?」

息子「一人は背番号4番だから、フランコだよ。もう一人は、背番号見えない・・・誰だろう?」

父「もう一人の方だれだ?かっこいいな~あの外人」

私(確かにマティーより外人ぽいかも。しかし、髪を染めてはいるが、バリバリ日本人のコバ宏なんだよね。)

言うべきか、言わざるべきか迷ったが、かっこいい外人のままがいいと思い、静かに聞き流していた。

かっこいいコバ宏投手は、手足が長いため、実は投げてる最中の姿はさまにならない。投げ終わったあとの一本足の姿がおススメである。Blog_483 Blog_481

(2005年8月26日初完封)

見かけは外人風だが、投球はじつに“和風”である。きわどいところを狙いすぎて、気づくと球数が多くなっている。そのため、いつも7、8回あたりで突然崩れることもしばしば・・・。

しかし、2006年はWBCの怪我で出遅れたものの、フォークがいいところで気持ちよく決まり、投手戦が好きな私にとって、小林宏投手の試合は長時間見ごたえがあり楽しいものであった。(ただ、トイレに立つタイミングがなかなかつかめなかったが)

ただ、相手チームのエース級にあたることが多く、試合前のファンの会話は

「とりあえず、コバ宏で今日勝てばもうけもの・・・負けても相手が○○だし。」

私が見た試合で○○には、少なくともメジャーに行った松坂投手が3回は入る。そして、3回ともコバ宏投手が勝ち投手なのだ。(JPは2回、いずれもコバ宏投手勝利)

  今年の会話は

「とりあえず、今日のコバ宏でまず勝てるから・・・。」

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2007年2月27日 (火)

小野晋吾 骨折!

キャンプ中故障した選手も、オープン戦がはじまり、徐々に開幕に向けて戻ってきている。ベテランになると、開幕に焦点をあわせてくるので、オープン戦もある意味キャンプの仕上げみたいなもののようだ。

もし、シーズン中の故障だと、本人も球団もいろんな意味で痛い。

Blog_440 2005年6月2日マリンスタジアムでカープ戦。ルンルン気分で球場に向かう私は、いつものように地下鉄の有楽町駅のホームで、チラッと売店に目を向ける。

そんな私の目に、高く筒状に連なった新聞の衝撃の見出しが飛び込んできた。

『小野、骨折!』 (ちらっと小野の下に片仮名で“シン”が見える)

私はめまいがするほどショックを受けた。

(たいへ~ん!どうしよ~、シンゴが骨折・・・)

普段、かなりのことでもない限り仕事中の夫に電話をかけない私。しかし、私の手の中では、すでに「なに?なんかあったの?」と、夫の心配そうな声が響く。

「売店の新聞に、小野骨折って載ってるの~。晋吾かなりひどいのかな?」と私。

「え?・・・あっあれね!あんただけだよ、今の時期『小野骨折!』の見出しで“晋吾”って発想する人。それに一面でしょ、載ると思う?」と、受話器の向こうで大笑いの夫。

そう、小野は小野でも、サッカーの“小野伸二”選手だった。

 

2006年、小野晋吾投手の活躍は一面に載せたいくらいすばらしかった。Blog_446 Blog_447 Blog_448

打たせてとる小野投手は、穴だらけの守備陣に耐え、ひとりで戦った試合が数多く見受けられた。

7月1日のホークス戦では、7対3で勝ったが、3失点はズレータに2本、松中に1本のホームランのみの失点。外野にはできる限り飛ばされないようにしたのだろうか、打たせて取る投手なのに、外野に飛んだのはホームラン以外、3本のヒット3本のフライのみ。

9月13日の楽天戦では、自分で投げて自分で捕ることに磨きのかかった小野投手に加え、守備もよかったため、試合は7対0の完封。小野投手の投げたあとの守りへの移行は本当に感動ものである。

今シーズンは、ぜひ鉄壁の守りの中で、

           投げさせてやってほしい。

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2007年3月 4日 (日)

無名のドラ1 内 竜也

2月28日のホークスとのオープン戦で、今年初の“内くん投球シーン”をネットで見られた。9回3人をしっかり抑え、画面に向かって拍手喝采!

なんと140キロ代後半が出ていたのには驚いた。その上、変化球なんかしっかり決まっちゃって、成長したじゃん!!!

千葉ロッテマリーンズ2004年のファン感。大サイン会というものがあり、朝早くからファンは並ぶ。そして、サインしてほしい選手を早いもの順で選べた。

しかし、片道2時間近くかかる私にとって、「あ・き・ら・め」という文字がすぐに浮かび、サイン誰か残ってたらいいねくらいに考え、開場に合わせてマリンスタジアムに向う。

すると、プレナのマリーンズショップで呼び込みが・・・。

「いま2千円以上の買い物された方に、サイン会の券お付けしてま~す。」と。

ためしに、2つの買い物をした。私は内竜也投手の券が入っていた。夫はシーズン中、山ほどサインをもらったボビーの券が当たった。

夫にとって、2軍選手はなかなかもらえずとても貴重なため、内くんのサイン券に大喜び。

Blog_075

Blog_502 入団当初、浦和のブルペンで投球していた内くんを見た夫は、帰宅早々、

「内って新人すごくいいよ。球が速い!150近く出てると思う。」と報告を受けた。

その後、内くんが出た試合を見に行った夫が、

「ヤクルトの真中が、なかなかいい球投げてくるって内のこと言ってたぞ。」と、またまた報告を受け、その球を見ていない私の頭の中では、内くんは1軍に上がる頃は、150キロ楽に越える大投手になっていた。

ファン感では、内くんと写真を撮ってもらい、サインももらい、お話もし、有意義な『内くんデー』となった。

2005年は、怪我に泣かされ思うようにできなかったようだ。

そして2006年2月28日、1軍に内くん登場!

夫「内くん、見るたびごとスピード落ちてる気がするんだけど・・・」と不安そうにボソッと言った。

しかし、この時すでに、私にとっての内くんは、『未来の大投手』から『第5のマスコット』の位置づけになっていた。Blog_577 Blog_573

公式戦になると、WBCの影響か、負けがこんでくる、となると、内くんの登場も増えるのである。私としては、内くんは見たいが、試合は負けたくないと、複雑な日々を送っていた。

  そして、ついに大切な場面での登場!

                    明日につづく・・・

夫「なんで、内くん続きものなの~?」

              と言っているが、ひいきの引き倒しで

       明日に “ つづく! ”

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2007年3月 5日 (月)

 内 竜也 1軍マウンド奮戦記

今日は、ひいきの引き倒しで、内くん話のつづき。

昨日のドラゴンズ戦、2失点とは・・・まあ、オープン戦だし~

って内くん言ってられないよ!

そろそろ、千葉ロッテマリーンズドラ1の根性見せないと。

  

内くんは、姪と同い年のせいか、どうも心配でしかたない選手。

2006年4月15日、インボイスドーム。

大松選手の逆転第1号満塁ホームランを放ち、4対3の場面で“内竜也”

「やめて~、内くん打たれて負けついたらかわいそうじゃない・・・」

という私に、夫は

「そろそろ過保護扱いもできないでしょう、大切な場面も経験させないとね。」と。

内くん、江藤選手に2ラン打たれ逆転された。

しかーし、やっぱり内くん運がいいぞ~、再逆転でマリーンズ大勝。

4月23日、札幌ドーム、8回裏、バッターは新庄選手。

(内くん、打たれてもかまわないから、勝負ね!)

しかし、フォアボール・・・後ろの日ハムファンの方が

「なんで勝負しないんだ~!」と怒ってた。Blog_541

私も、かわいい内くんだが、この時ばかりは腹が立ってしかたなかった。

4月29日、俊介投手が素晴らしいピッチングをしながら、危険球退場となり、7回急きょ内くん登場となる。23日の事があり、心配でハラハラドキドキ・・・。

急きょマウンドに出てきた内くん。状況を飲み込めないまま、2球を投じて、なぜかさらっと3アウトチェンジ。Blog_543 Blog_545

そういえば、4月13日のホークス戦で、6回1アウト満塁のピンチ、バッターズレータ選手。そして、訳がわからずマウンドに立っていた内くんは、簡単にゲッツーとって、さらっと抑え、次の回も3人でピシャリ・・・。

いったい内くんは、なんなんだろう?強気なのか、弱気なのか?何にも考えていないのか?

         今は、“第5のマスコット”だが、

  将来は『150キロ楽勝の豪腕投手』と呼びたい。Blog_584

  真っ直ぐ&スライダー(?)以外球種増えたかな?

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2007年3月 7日 (水)

サブマリン浮上せよ↑ 渡辺俊介

2006年8月29日、千葉ロッテマリーンズにとって、なんとな~く優勝が他人事に感じてきた時期。

内野席で、夫がいないことをいいことに、ストレス発散とばかり、ピッチャーの応援をしていた私。そんな私のもとへ、品の良い紳士が訪れ、

「先日の仙台で、俊介を応援されていた方ですよね。それに、去年の福岡ドームの俊介の投げた日にも、内野席で応援されてましたよね。」

と尋ねてきた。Blog_597 Marines_06_08_107_1

(あちゃ~、やっぱりうるさかったか~、それも昨年のことまで覚えてるし)

私はすかさず「申し訳ございません。うるさくて・・・。」と必死に謝った。

すると紳士は、「いえいえ、応援続けてください。よろしかったら、これ・・・。」

と、チケットと、年間シートの方だけもらえるブランケットを手渡された。

なぜ、わたしなんかに?と思いながらも、

(ん?俊介の身内?それともバリバリ俊介ファン?)

どちらにしろ、WBCに加え、2段モーションをチェックされ、ガタガタだった昨シーズン、それでも俊介投手は、私にとって偉大な投手。

俊介投手は、私が考えるピッチングというものの考え方を、根こそぎひっくり返してくれた投手だ。

それまで、速ければ、速いほどいいピッチャーだという固定観念をもっていた私だが、2004年、2005年と遅いボールに磨きのかかった俊介投手は、私達夫婦をおもいっきり酔わせてくれた。

2005年の優勝した年、偶然にもすべての完封を目の前で見ることができ、神様仏様ボビーさまに感謝した。

Blog_586_1 (2005年3月27日、26対0完封 楽天戦)

Blog_587 (2005年5月8日、18対0完封 横浜戦)

Blog_604 (2005年9月3日、2対0完封 日ハム戦)

Mascot_3_123 (2005年10月23日、10対0完封 日本シリーズ)

80キロ台、いや、計測不能でスピード計に表示できないくらいの球で、いとも簡単に三振をとったりする。そんな時は、150キロ台の感動よりもずっと痺れさせてくれる。

  美しいフォームに、力のこもった遅い球

2005年3月27日、開幕2戦目。

26対0の大勝!俊介の背番号は“31”

31年目の優勝を26番目の選手とともに手にするスタートの日だったのかもしれない。そして、マリンスタジアム最終戦となった10月23日も俊介投手が完封勝ちで締めくくった。

昨年は、俊介投手のバージョンアップのために、神様が与えた厳しい試練だと思っている。必ず、今年の俊介投手は変身して、再び私たちを酔わせてくれることを信じている。Blog_606

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